Ys Liner Notes: Yamashita Akira's reprinted essays for the game and soundtrack

ゲームソフトの「イース」、それからキングレコードより発売されているレコード『MUSIC FROM YS』の中には、ボクが書いたライナーノーツが入っているんだ。どちらもファルコム&キングレコードさんのご好意で書かせていただいたものなんだけど、こういった仕事は初めてだったので、けっこう気合いを入れて書いたつもりだ。
そこで恥ずかしながら、ここでは両ライナーノーツの原稿をみなさんにお見せすることにしよう。やっぱり、ボクの「イース」に対する想いは、この原稿を載せずして語れないもんね!

ゲームソフト「イース」編

 RPG(ロールプレイングゲーム)を解き終えて、画面に浮かんでいる”The End”という文字を眺めている時に胸を過る想いには、大きく分けて2種類ある。

 ひとつが、ゲームが解けて良かったという安堵感とそれに付随する自己満足感。そしてもうひとつが、ゲームという媒体を通して、製作者サイドから送られてきたメッセージに対する、いわゆる”感動”と呼ばれるものだ。

 少なからぬ金額をはたいてソフトを購入し、プレイしている以上、そのゲームを解き終えた時に前者の想いを感じるのは当然のことなのだが、後者のような感慨をもたらしてくれる作品となると、これは極めて少ない。

 その点、「イース」は、最大級に近い”感動”をもって、ゲームを解き終えた僕達プレイヤーを暖かく出迎えてくれる。

 もっとも、感動と言っても、アッと驚くどんでん返しのたぐいとは、ひと味違う。「イース」で得られる感動とは、ひとつの冒険が終わったことに対する純粋な余韻であり、映画で言えば、「インディージョーンズ」や「ロマンシングストーン」といった冒険活劇的作品を見終わった時に感じるあの爽快感にも通じる点がある。

 このゲームのタイトル、「イース」は、フランスの人々の間に伝説として伝わる架空の町の名称である。

 西暦4世紀、強固なダムによって海から守られていた「イース」は栄華を極めていたが、旅人に誘惑された王の娘がダムの門を開けてしまい、その町は一夜のうちに水没してしまったと、いくつかの書物に記されている。

 このゲームの舞台となる「イース」が、その伝説上の町と果たして同一のものなのかどうか、僕にもわからないが昔から神秘的な作品を作らせたら右に出るソフトハウスはないと言われている日本ファルコムだけに、ゲームとしての料理の仕方は、流石という言葉を使わずにして表現のしようがない。

 ディスクをブートさせると、いかにも手の込んでいることがわかるタイトル画面が、フワッとディスプレイ上に浮かび上がる。哀愁と神々しさを感じさせるBGMが静かに流れ出し、プレイヤーをいつまでもそこに引き止めようとするのだが、ゲームをプレイしたいという刹那的感情で、僕は別れのリターンキーを押す。

 すると、今度は一転して明るい画面と軽快なBGMの町の場面となる。そこで、町の住人達と会話を繰り返していくうちに、僕の心はいつしか「イース」の町へ、アドル・クリスティンの元へとワープしている!

 その後は、もう制作者サイドの思うがまま。僕はアドルその人となり、「イース」の世界を駆け巡り、モンスターと戦い、アイテムを拾い集め、フィーナとダルク=ファクトを追い求めているのだ。

 ある時は、廃坑の暗闇の中で、周囲に潜んでいるモンスター達に怯えながら、またある時は、塔の回廊を意気揚々と進みながら‥‥。

 そうしたゲーム展開の中で、ともすればダラダラとしてしまいがちな長篇ストーリーを、ピシッと引き締めているのが、要所要所に配置された6種類+1のデカキャラだ。そもそも、この”デカキャラ”という言葉は、同社の「ザナドゥ」で用いられて以来、業界内で頻繁に使われているようになった隠語なのだが、「イース」のデカキャラは「ザナドゥ」のそれとは違って、それぞれが個性的な攻撃方法・弱点を有している。

 分裂しては合体するヴァジュリオン、オプション(?)を振り回しながら2匹で攻めてくるヨグレクス&オムルガンなどを初めて見た時には、プレイヤーは必ずや驚愕するに違いない。

 確かに、そのデカキャラ軍団は、今までのゲームと比較すると、かなり強い部類に入る。RPG以外は苦手だという人にとっては、少々厳しい関門となるかもしれないが、反復練習すれば、倒すのは不可能なことではない。むしろ、デカキャラを倒した後、F4キー(SAVEのキー)を押す時に、また一歩ゲームが進んだという喜びを覚えるのは、僕だけではないはずだ。慣れてくると、デカキャラのいる場所を見つけるのが、砂漠でオアシスを見つける時のような快感にさえなってくる。

 さらに、この「イース」を語る上で忘れてはならないのが、その音楽性の高さだ。最近、ゲームのBGMにも世間の脚光が当たりはじめ、レコードショップに「ゲームミュージック」という新しい棚が目立つようになってきたが、ゲームセンターのゲーム、いわゆるビデオゲームと、パソコンゲームとの間には、ハードの性能の差もあって、まだまだ大きな開きがあると考えられていた。

 ところが、この「イース」によって、その考えは根本から覆されそうだと言っても過言ではないだろう。88のFM音源の限界まで駆使している感さえある素晴らしいミュージックが、場面や状況が変化するごとに、惜しげもなく次々と奏でられていくのだ。

 映画において音楽が非常に重要な要素を占めるのは、みなさん先刻ご承知だと思うが、今やそれはゲームソフトというジャンルに関しても同様である。業界No.1のミュージック・コンポーザーを擁しながら、「イース」では、候補曲50曲の中から最終的に15曲まで絞り込んだというから驚きだ。もしも「イース」が、BGMも何もない作品だったら、そのゲームとしてのおもしろさがどれだけ減じたか、みなさんにもおわかりいただけるだろう。

 今、ゲームソフトは、それまでの玩具的イメージを脱して、ひとつの文化創造物へと大きな飛躍を遂げようとしている。単なるゲームではなく、そこから何かを感じ取れるような作品が主流となる時代に向けて‥‥である。

 そうした状況下で、「イース」が生まれた。プログラム、グラフィック、シナリオ、ミュージック、その他様々な要素が美しいハーモニーを奏でることによって、「イース」は見事に独自の世界を作り出すことに成功した。この作品を自分のパソコンでプレイしているみなさんも、きっと自分なりに「イース」のバックグラウンドや作者のメッセージを肌で感じ取っているはずだ。

 「イース」はやがて来る新たなる時代へ向けて、RPGというジャンルを背負って立つ旗頭的存在なのである。

 「イース」は、僕にとっても非常に思い出深い作品となった。テストプレイや制作スタッフだけの完成記念パーティーにもお招きに預って、ソフトの制作過程というのを目の当たりに見せていただいた。

 最後に、そうした貴重な経験や、今回のパソコンソフト史上初とも言えるライナー・ノーツの場を提供して下さった、日本ファルコムの加藤社長、井上部長、プログラマーの橋本氏、その他大勢の「イース」制作スタッフのお礼の言葉を持って、この原稿を締めくくらせていただくとしよう。

87年6月8日
ゲーム評論家 山下 章

レコード「MUSIC FROM YS」編

 ゲーム・ミュージックに寄せる熱き想い (ゲーム評論家)山下 章

 いまさらあらためて言うまでもなく、僕はゲーム・ミュージックが好きだ。約9年前、インベーダーゲームの♪ドゥッ、ドゥッ、ドゥッ、ドゥッ‥‥という歩行音を友達と口ずさみあっていた頃から、その兆候が現れていたのかもしれない。その当時は、音楽性という観点からとらえると、お世辞にも「いい」とは言えなかったゲーム・ミュージックも、9年間のゲームの進歩と共に、いまやひとつの楽曲として聞くに十分耐えうる完成度の高い芸術作品へと変化してきた。

 ひとくちにゲームと言っても、業務用ゲーム(いわゆるビデオゲーム)、パソコンゲーム、ファミコンゲームとさまざまな種類があるが、その中のパソコンゲームのミュージック・シーンを考えてみた場合、この『イース』ぬきでは、とうていそれを語ることができないような気がする。

 『イース』は、最近はやりのRPG(ロールプレイング・ゲーム)である。主人公のアドルが、その世界に散らばった”イースの書”を集めて、謎の敵ダルク=ファクトを倒すまでを描いた物語だ。

 近頃、ゲーム業界では、「難しいゲームがおもしろいゲーム」と考えられる風潮があるのだが、この『イース』はそれに真向から対立して”優(易)しさ”をコンセプトに制作されている。すなわち、トリックなどはできるだけ素直なものにして、ゲームプレイを楽しんでもらうというプロセスに重点を置き、誰にでもエンディングまで行ってもらうことを意図した作品であるわけだ。

 『イース』は、発売と同時に売れに売れた。そのコンセプトの斬新性もさることながら、『イース』ほど、その音楽性の高さで評判になった作品も珍しい。もともと音源という点では貧弱な機能しか持たないパソコンで、業務用ゲームにも勝るとも劣らない美しい音色を実現したことに対して、全国のユーザーから絶賛の声が集まった。また、秋葉原のショップの店頭で『イース』のデモをしていると、おおよそゲームなどには関心のなさそうな人たちが、その音楽に魅せられて足を止める、といった光景を僕は何度も目の当たりにしている。『イース』にとって、ゲーム・コンセプトとゲーム・ミュージックは車の両輪であり、そのどちらも水準を超えたレベルであることを示す良い一例であろう。

 ここで決して見のがしてはならないのが、『イース』のミュージック・コンポーザー、古代祐三君の手腕だ。彼の場合、ミュージック・コンポーザーといっても、単なる作曲家としての仕事にはとどまらない。そのイメージにあった曲の楽譜を作るだけならば、おそらく作曲を少しでもかじったことのある人なら容易にできる作業であろう。イメージにあった曲を作ったうえに、さらにイメージにあった”音”を作る——これが彼の仕事なのである。『イース』が最初に制作されたPC-8801SRシリーズには、「YM-2203」という音源LSIが組み込まれているのだが、その音源LSIの持つポテンシャルをフルに生かして、自分の作った曲にピッタリの音を作りだすという作業は、それこそ並大抵のものではない。業界広しといえども、パソコンの音源を使いこなすという意味では、古代祐三君の右に出る者はいないのではないだろうか。

 このレコードには、その原曲のPC-8801SR版の音が収録されている。ゲームに使用されたすべての曲はもちろんのこと、Bディスクを立ち上げてYSのキーを押していると聞くことができる未使用曲13曲もすべて収められている。未使用曲は88版にしか入っていなかったので、88以外のユーザーのみなさんにとっては、まさに必聴ものだ。加えて、88ユーザーが聞けなかった、X1、FM、MSX用のPSG3声によるオリジナル曲(こちらは石川さんの作曲)も完全に収録。さらに、このレコードのために演奏されたアレンジ版5曲も出色の出来に仕上がっている。まさしく、『イース』の音楽のすべてを収めた1枚と言っても、過言ではないだろう。

 今、こうして原稿を書いているときにも、BGMに『イース』の曲を流しているのだが、ふと目を閉じると、あの懐しい『イース』の冒険が、つぎつぎと走馬燈のようにまぶたの裏に映っては消え、消えては映っていく。そう、ゲーム・ミュージックとは、他のジャンルの音楽と違って、一度自分が経験したことを再び想像力の中で擬似体験させ得る、ニューメディアでもあるわけだ。今後とも、ひとりでも多くの人が、このゲーム・ミュージックの素晴らしさを理解してくれることを願ってやまない。

ーーこの一文を、素晴らしい楽曲群を創造し、パソコン・ゲーム・ミュージックの可能性を大きく広げてくれた、親愛なる古代祐三君に捧ぐーー

1987年9月10日